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南沢獅子舞その2
南沢獅子舞
ではその2。
今回は、氷川神社のみの写真です。
夜は、多聞寺で大峯万歳と、獅子舞があります。


獅子頭。雌獅子。


獅子頭の羽根ですが、大体、軍鶏とか、そのあたりだそうですね。。
つやつやで、ふんわりしています。


暫。な世流布。
刀の柄が、三升のかたちになっています。
これは一応、当時流行の団十郎の「暫」のデザインにインスパイアされたものだと聞いていますが。


獅子頭。雄獅子。


花。
花隠し(雌獅子隠し)などのときは、こうしてぴしっとふたつの花をならべて、雄獅子たちの方からは雌獅子が見えないようにしてしまいます。


雌獅子。
羯鼓はそれぞれの獅子は腰につけています。これを、叩きながら、円の中で舞うわけです。
大体、3メートル四方くらいですかね。。


雌獅子。ちょっとインターバル。なかのひとは汗だくです。。


雄獅子と雌獅子。中獅子かどうか、ちょっと角で判断しないとわからないのですが。。


雄獅子。


祈っているようにみえます。うつくしいです…
御幣を腰に差しているので、この獅子舞が、祈願の獅子であることがちょっぴりわかりますね。
お寺でやったり、里修験の影響などもあるのでしょうか。。


中獅子と大獅子。
ふたりで競って雌獅子ゲットに励む訳ですね。。
多分、此処でのおはなしは、そう云う感じだと。
場所によっては親子だとか、そんなふうに云うところもありますが、多分それは後になって加えた新釈みたいなものかもしれません。
三匹獅子舞の性格を考えますと、なかよく親子って話は、ちょっと…


三匹獅子舞は、関東では龍頭と云う設定になっているようでして、大体、こんなふうです。
もともとは施餓鬼に舞うものであったようなので、ほんとうはお盆中にやるのが、昔風。
ですが、春の厄除に舞ったり、秋の豊作祈願に農閑期を狙って舞ったりするようにもなっています。
近頃的な流れでは、獅子舞を舞う人と云うのは、大体氏子のなかでも40代くらいのひとたちがメインになっているような気がします。
元から、4、50代のひとがメインの場所もありますし、そうでないところもあります。
江戸中期から前くらいの獅子頭は、川越などに残っていますが、結構平らで小さめな感じです。
こうした被り物をして舞うかたちの芸能は、風流物(ふりゅうもの)などと呼ばれています。

で。
何でこんなに獅子舞の記事に力が入っちゃったかと云うと、このあたりの三匹獅子を研究テーマにしていたからでして…
ひさしぶりに、まぢめに取り組んでみました。
やっぱり、獅子はいいね。
: おまつり : 21:40 : comments(0) : trackbacks(0)
南沢獅子舞その1


このあいだ、11日にみてきた、南沢の獅子舞の写真の一部を載せてみますね。
此処の獅子舞は、東京都東久留米市の南沢集落の、氷川神社で4年に一度、行われるものです。
口上や棒使い、おかめにひょっとこ、夜は万才まで出ますので、江戸時代中期くらいの村祭の様子がそこはかとなく伺える、非常に優れたおまつりだとおもいます。
そのうち、都の無形民俗文化財くらいには、なっていてもらいたいものです。
兎に角、毎度毎度、唄も笛も舞も万才も口上もレベルが高くて、驚きます。
近隣諸国にはこんなレベルの高い獅子舞は、無いでしょう。。



これから、お練りに繰り出すところです。。この時点では、面はつけていません。
お祓いをしてもらって、神社でつけます。


「山の神」の面。ちょっと鬼の面みたいなんですよね。
此処の「山の神」は、お隣の清瀬市の清戸獅子舞と違って、一緒に舞ったりはしないようです。
あくまでも、露払い的な存在です。


道行。こうして神社までの道のりを、練り歩きます。


南沢氷川神社。
この近くは、湧水もあって、全体的に、空気がきれいな感じなので、東京都に居ることを、しばし忘れさせてくれます。。
ビバ北多摩…!


御一行様が、境内にやってきますよ。


山の神が舞い込みます。
行司のような、団扇を持っています。両脇には「花」が控えます。
裁着袴にしゃぐまと鬼面。この山の神は多分、修験芸能の影響が獅子舞の中には残っているのだと、教えて呉れて居る気がしますね。


花傘。今は、笠と表記すべきですかね。
むかしは、もっと万燈型のものだったとはおもうのですが、所謂あたらしく婿に来た者に長時間持たせて、婿いびりにつかったとか、そうでないとか。
狭山入間地区では、結構そんな話も残っています。他所から来た長男以外のお婿さんは、ちょっとつらかったかもしれないですね…

ではその2につづきます。。
: おまつり : 18:53 : comments(0) : trackbacks(0)

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