めくるめくひめくり




大崎八幡宮の能神楽。
9月10日の夜に、仙台市の大崎八幡宮で能神楽の奉納がありました。
ので、ちょっと見に行ってみました。
どうしても仙台で宿がとれなくて、山形まで行かなくてはならなかった為、三番までしか見ることが出来ませんでしたけれど。。
何処となく、小迫の延年や、番楽を思い出しました。
西の御神楽とはまた違った感じで、凛々しかったです。
地元の高校生が舞って居ました。
所作が多少能の様な部分があったり、何となく呪術的な仕草があったり。
興味深かったです。
篝火を焚いて、幻想的。
此の八幡宮の境内だけ、雨が降っていなかったのがちょっと不思議でした。
来年は最後まで見たいと思います。。

18番を数えたと伝えられていますが、うち10番が廃絶し、現在では「神拝」「龍天」「摩応」「小弓遊び」「三天」「将足」「四天」「獅子とり舞い」の8番が演じられています。
法印神楽並びに大乗神楽の神楽演目と一致するとか。しかし、かなり洗練されています。
且つては仙台藩から扶持が出ていたそうです。
何とはなしに、武家好み風ですからね…。


*神拝。
イザナギとイザナミ。だと思います。

 



龍天
翁風の面と、少年の面。
薙刀舞。




摩応
山の神舞に相当すると思われます。おそらく、オオヤマツミかと。





: 民俗学メモ : 18:26 : comments(0) : trackbacks(0)
お囃子。


昨日、調布で地元のお囃子連の大会があると聞いたので、行って来ました。
時間の都合で後半からみたのですが、なかなか江戸前で、佳かったですよ。
お獅子が見栄をきるのも、ちょっと小粋だなって、おもいました。
密かに調布は伝統芸能系の大会を頑張っていて、このお囃子の他に、多摩地区の獅子舞の大会もやっています。
折角よい試みをずっとやっているので、もっと宣伝した方がいいのになあ。
と、すこし勿体ないように思いました。

第 54回調布市郷土芸能祭ばやし保存大会 
日時:7月3日(日)13時〜18時 
場所:文化会館たづくり/くすのくホール 

昭和31年に祭ばやし保存会が 創立され、当時8チームだったものが、現在は子どもチームを含め14チームあります。
当地へは、幕末から明治の初期にかけて伝えられたのではないかと謂われています。


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: 民俗学メモ : 11:03 : comments(0) : trackbacks(0)
信濃巫女。
 
京都民俗学会の次回談話会のおしらせが来たのですが。

論 題:信濃巫女の研究―口寄せを生業とする職業集団の形成に関する研究
発表者:中野洋平 氏(国際日本文化研究センター研究部)

日 時:5月27日(金)18:30-21:00
会 場:ウィングス京都 セミナー室B

到頭本丸が…!
信州は日本一の巫女が居た郷があるところとして知られています。
川中島のあたりでは、確か「ののさん」とか呼ばれているとおもいます。
東北は歩き巫女…ではなくて、どちらかと云うと、別当さん経由で頼んだりするタイプだったとおもいます。(オガミサンとか。。)

歩き巫女の集団形成だとか、様々気になるところ満載。
是非是非行きたいですな…!
会員でなくても大丈夫だとおもいます。参加費300円…だったと思います。

: 民俗学メモ : 14:50 : comments(0) : trackbacks(0)
結。契約。祭。

東北の南三陸で、江戸中期から続く地元の住民互助組織、「伊里前契約会」が活躍しております。集落を高台に移す計画を、この契約会が中心となって進めているそうです。
伊里前契約会は1693年(元禄六年)の発足とされ、現在、歌津・伊里前地区の77戸で構成。うち74戸が津波で壊滅的被害を受け、会員世帯の13人が死亡・行方不明と云うことです。

すごいですね……元禄時代からの組織です。当時は五代将軍綱吉の時代です。
仙台藩主は四代伊達綱村公の時代。
此のあたりはもともと田束山が信仰拠点として麓あたりから開かれて来た場所ですので、中世頃から既に集落としては存在していた地域だと思います。

伊里前地区と云えば、獅子舞を思い出すのですが、伊里前の旧家からなる伊里前契約会が伝える獅子舞で、四年に一度、三嶋神社の秋祭りに奉納されます。
元禄の町割りは、各戸の間口は六間一尺八寸(約11.2m)、奥行き二十五間(約45.5m)に区画されていて、当初の戸数は33軒だったと伝えています。この33軒の旧家が中心となって、保存会を結成しています。
元禄六年(1693)十月二十七日、町割り完成祝いに田束の霊山に神輿登山の先達として御山登りをし、神前に舞ったのがはじまりとされています。
獅子舞には太鼓屋台が付いて、笛、太鼓、囃子が伴います。
曲目は、「通り囃子」「剣囃子」「矢車囃子」「祇園囃子」「しころ囃子」の五曲。
 参加者は、代々契約会員限定。
三嶋神社の祭礼は旧九月十五日でしたが、現在は新暦十月十五日に改められ、その日に近い土日が現在の日程です。

祭のある地域は、矢張りいざと云う時、強いですね。。



: 民俗学メモ : 11:11 : comments(0) : trackbacks(0)
津波と文化財。
そうです。
おしらせが遅れましたが、先月の28、29日に宮城に行って居りました。
多少ですが、仙南地域主に名取の寺社等の被災状況について、まとめました。
こちらです。。

貞観大津波のときは、どうやら愛島方面も水を被ったとのことですから、今回は東部道路が大変助けになったのではないかなあ。と思います。
それにしても閖上の何にも無くなりっぷりはすごかったです。
記憶と一致しない光景が広がり過ぎて、結構現実と認識するまで、時間が掛った気がします。
何せあの地域から蔵王連峰が見える様になるとは…。


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: 民俗学メモ : 01:02 : comments(0) : trackbacks(0)
愛宕さま。


愛宕山から浅間山を遥拝。





明治時代につくられた祠。

愛宕権現ですかね。。


**
小諸の愛宕山あたりに立ち寄りました。
鳥居があるので、何でかなあ…
とおもってその向こうをのぞきますと、浅間山が見えました。
遥拝所としてはなかなか最適な場所です。

近所には、布引観音もあります。
古くから信仰の山なのでしょうね。
そして、麓には小諸城もあります。



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: 民俗学メモ : 13:58 : comments(0) : trackbacks(0)
てんでんこ。
 集中して書きたいなあ…と思う日に限って、余震ですよ。。
なかなかこちらも更新せずで…。

地震と津波の関係をながめていたら、今回のケースは鹿島と香取の神様が妙にセットなわけが、すこし理解できたような気がするのですよね…
要石とか、いろいろ、ありますしね。
鹿島神宮の倒れてしまった鳥居は、どうなったのでしょう。
いちばんはじめの地震のときに、ちょっと映ったのを妙に鮮明におぼえて居ります。
あれをみたとき、何だかとんでもないものが動いたなって、感じました。
神社の境内の木ひとつ枯れただけでも、祟り認定の出る国、日本です。
昨日の水戸の雷も、すごかったですね。
巷では龍でしょってことになっておりますな。

ところで今回の津波は、貞観大津波にルートが割と似ているとか、陸前高田の方は、口寄せするひとのことを、オガミサンと云うとか、猫のいっぱいいる島で、津波のくるときにみかけないおんなのこが猫を抱えてすごいスピードで神社に駆け上がって行くのをみたひとがいるとか、捜索済みの、波で倒壊した家屋の下から、たすけてってきこえたから、捜索してって頼まれた救助のひとがいるとか、東北ならではのいろんなおはなしをちらほら見かける様になりました。
それにしても、釜石のてんでんこレンジャーの日頃の仕事が、今回輝きましたね…。
登校していたこどもたちは、みんな助かったそうです。
津波てんでんこの威力、すごいですね。
私的にも、いのちはてんでんこ。のおはなしがとても印象にのこりました。
てんでんこは今年の流行語大賞できまりです。

閖上も、あんどん松は残っているそうですし、希望はあります。
こどものころ見た、いつも田んぼと、道路の遠くに並ぶ松のある光景は、ずっとわすれずに、あこがれとして記憶しています。

: 民俗学メモ : 23:32 : comments(0) : trackbacks(0)
無縁ではなく、無援だろう。
 「無縁」。
これは自由の旗印。
だったのだけれどね…。
今、CMのない某局が、さかんにこの「無縁」を貶めようと画策していますが、彼らは「無縁」の本来の意味を勉強したことがあるのだろうか。
わたし個人、民俗学を通して、ここまでの日本の民衆の歩みをさがしてきた者としては、正直とても嫌な気分なのである。
「無縁・公界・楽」は、確かに中世以降、組織化され、階層化され、結局その本来持つちからは急速に失われ、形骸化してしまった流れを持つ。
けれど、平成の今、何もこの「無縁」をわざわざネガティブな流れに導く旗印になど、して欲しくなど無い。
のでありました……。

「有縁」にはない、「無縁」の破壊的或は創造的莫大なエネルギーは、これまで多くの芸能、工芸、職業等の文化を生み出す原動力になってきました。ある意味、文化資本主義だった頃の日本を創出したエネルギーの場だと感じるのです。
また「無縁・公界・楽」という「場」の特徴としては『不入権、地子・諸役免除、自由通行権の保証、平和領域、私的奴隷からの解放、貸借関係の消滅、連坐制の否定、 老若の組織』が挙げられます。
何か、これをみているだけでも、どきどきしてくるのですが。。
自由ですよね。何処にも所属しない、アウトローたる側の、行動の自由。
各種種工業者、芸能者、病者、知識人なども、この無縁や公界、楽の場に存在するひとたちとしてカウントされています。
公家や武家等の階級社会に属さない、非農民系のひとびとの居る世界を、おそらく無縁や公界と呼んだものでしょう。
ちからなく呆然と孤立し、逸れて分断されたひとびとを、無縁とは呼ばないのではないでしょうか。
むしろそれは「排除、分断、無援」社会と呼ぶべきであって、「無縁」のようなことばは持ち出してはならない様に思えます。
まあ孤立無援を、無縁にしてしまったのかなと云う安易さも伺えますが。
こう云うものに騙されないようにしなければいけないなあ。と、つくづくメディアリテラシーについても心に留めておかなければ。と、感じるのでありました。。

今日異様に長かったですね…。
折角の網野先生がお書きになられた、「無縁・公界・楽 日本中世の自由と平和」と云う名著のイメージが損なわれてはならないと思いましたので。。



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: 民俗学メモ : 22:19 : comments(0) : trackbacks(0)
火山のことで。
 新燃岳のおかげで、近頃火山についてたくさん勉強いたしました……。
わたしがうまれてから、記憶にある限りのすごい噴火って、あまり無いのですが、雲仙普賢岳は、かなり悪質な感じだったな。。と。
普賢岳は以前も「島原大変肥後迷惑」と称された大騒ぎを起しています。あの時は前山(眉山)が崩れて、海にその土砂などが大量にすごい勢いで流れ込んでしまったために、津波まで…と云う、本当に最悪のシナリオ実行。的な大惨事となりました。1990年代の時の噴火では、その崩れて大迷惑となった眉山は、火砕流から島原の町をまもる役割を果たしましたが。

わたしは関東に住んで居りますから、一応浅間山と富士山の動向は気になるところです。
ことに浅間山は度々ガスで登山者が亡くなる事が今もありますし、たまに噴火もします。前回の噴火の直前にたまたま浅間サンラインを通ったとき、山頂は紫色の煙を噴き、何となく山が腫れているような印象を受けました。後日、じぶんたちの通ったルートが通行止めになっていたりしたのを知って、ちょっとふしぎな気持ちでした。
噴火がおさまった後に軽井沢あたりを旅したときは、何処となく空気がいつもより灰色っぽかったように憶えています。
と云うことで、日本は火山のある島です。地球のスパンなので、人間は一生にそれほど多くの火山の噴火を体験することはないかもしれません。
が、割と以前の記録が図入りで残っていたりもするので、じぶんの住んでいるところの近所の山が、どんなふうに噴火したのか、そのときの様子などをチェックしてみるのもいいのかなあ。と感じました。
因みに今回の九州の噴火ですが、明治以前の様々な山の噴火の様子は廃仏毀釈がかなり徹底されたとのことで、あまり原典が残っていないみたいです。
日頃わたしも高千穂の修験には大変興味があるのですが、そんなふうなので、現在あまりよくわかっていないのですよね。。残念です。
先程宮崎のひとに電話で訊いたところ、頻繁に空振が続いていて音がして、風向きによっては火山灰が畑やハウスにかかってしまって、大変みたいです。
日向の神様の奇しき力。今は荒ぶってお出でですね……。
はやくいつもの、お日様いっぱいののんびり明るい宮崎に戻ってほしいものです。

何て書いていたら、ふと、天岩戸のおはなしって、もしかすると火山がらみの話なのかしら。なんて思えて来てしまった。。享保の噴火のときは、八丈島の方まで灰が流れて来たらしいですからね…。
: 民俗学メモ : 16:45 : comments(0) : trackbacks(0)
こぞことし。
 
昨年末は、


おん祭行ったりして、念願の細男をみてみたり、



10年振りくらいに伏見稲荷へ行って、稲荷山をぐるっと一周したり。


今年は、


白浜神社に初詣。
でした。
此処の海は、本当にきれいで澱みが無いので、ものすごくすかっとします。。



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: 民俗学メモ : 17:02 : comments(0) : trackbacks(0)

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