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テナコトオッシャイマシタカネ。
選挙でしたね。
そんな選挙の影で、ひっそりと、熊本の旧日本亭が取り壊し決定になってしまった模様です。
おわりましたね。
明治時代が……。
しばらくは、ふつうに賃貸みたいな感じになっていたようですが、それもすごいです。。
遊郭が自宅なんて。
夜な夜な嬌声がきこえたのは、過去のおはなし。
1976年に3階部分が火事で焼けてしまって、現在は2階建て。
文化財として残したいと云う希望も多々あったようですが、建物の元々のコンセプトが教育上……。
と云うことで、結局きえてしまうようです。
いいぢゃないか。
日本のおとこは、おんな好きで、金で買ってたってことも、ひとつの事実なんだし。
よいこのみんなは、其の程度のおっさんになっちゃだめだよって云う、反面的なモニュメントにならないかなあ。
なんて平成的なことは云わず、つまり、こうした規模の大きな楼と云うのは、政治の舞台になることもあったり、お座敷芸などの、歌舞音曲等風俗の流行に大変貢献した場所でもありました。
様々な情報が集る場所であり、情報の発信地でもあったわけですね。

花岡山から二本木見れば
コガルルナントショ
金はなかしま家も質*
東雲のストライキ
サイト**はつらいね
テナコトオッシャイマシタカネ

とは、日本亭の楼主の中島茂七が他にも運営していた、東雲楼で、当時流行したストライキの際にうたわれた「東雲節」から後、「ストライキ節」の一部のようです。
元唄は、高杉晋作がつくった都々逸がヒントになっているのだそう。

こちらで昭和30年代の東雲楼の写真がみられます。
ちょっと、かなりもの凄まじい浅茅が宿になっちゃっていますけれど…。
「娼」の時代が消え去っていることがわかる感じです。


*楼主の相場師中島茂七氏のこと。
**帳場の斉藤さんのことだそうです。
: 民俗学メモ : 11:12 : comments(0) : trackbacks(0)










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