めくるめくひめくり




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春来る神。


昨年の春は、嵯峨狂言などみておりました。。大変のどかで、すてきでした。
おかめとひょっとこみたいなのが出ている演目だった気がします。。
太秦の大覚寺近くです。
この辺り、春はのどかで大変結構です。
そんな写真。


来月は、東京の板橋区の田遊びをみて歩き。
田遊びは内容も内容なだけに、夜行われることが多いみたいですよ。。
寒い時期ですが、振るまい酒などもございます。
お近くの方は、是非訪れてみて下さいね。
この田遊びは、年神様を予めお祝いしておく行事のひとつです。
このあいだちらっとお話しした、予祝的な要素があります。
田遊びの他には、えんぶり、田植踊り、左義長などが挙げられましょう。
年初にこのお話を紹介しておくと、一年間順を追って、田の神をめぐる記事が出来そうですな。。

おかめとひょっとこって云うのは、二の舞みたいなものなのかな。
ちょっと多少下ネタっぽくて、狂言まわしみたいなところもあって、其の実、豊饒豊作のお呪いでもあって。
そんなところが、深いわけです。
春来る、田の神様へ、笑いを提供すると云うか、おもてなしして、遊んでもらって、楽しんでもらって、その見返りを期待する的な。
日本の年中行事には、そんな要素が結構ありますね。
また、逆に、成木責めみたいに、ちょっと脅かしたりして、ごねるパターンもあったり。
おもしろいものです。
その決まりが。
ところで、田の神様は、冬の間は山の神様で、春になると里におりて田の神様として、上半期を過ごします。
秋の収穫の頃を過ぎますと、また山へ還って、山の神様となる設定の模様です。
しかしながら、此れと云って具体的な姿は其れ程重視されてはおらず、たまには石に宿ったり、御幣に宿ったり、或いは稲荷神と同一視されたりしながら、山と里を行き来するものらしいです。
実は、日本人にとって、具体的な物と云うのは、重要視されるほどでもなかったのかもしれません。
其の様に、実感する感性こそが、最も重要だと、且つての人々は感じて居たのかもしれませんね。。
この辺りの鷹揚さと敏感さ、繊細さは、見習いたいです…。
最早、何所に神様が降りて来ているか視えなくなって来ている日本人など、且つてこの島を生きた人々からすれば、失笑ものなのでしょうね。きっと。
繊細さによる創造力の、強靭なことについては、今年は何となく、クローズアップしたいような気がします。

神様をみるには、創造力と云う能力をのばさなければなりません。


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